🚃【宮沢賢治巡り旅・3日目】賢治が愛した「下の畑」や「イギリス海岸」、「賢治先生の家」へ

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2泊3日の宮沢賢治巡り旅も、いよいよ最終日です。今回の旅では、車で花巻のさまざまな場所を巡ってきました。第1部では、未来都市銀河地球鉄道や花巻駅周辺を訪れ、第2部では宮沢賢治記念館や童話村などを巡りました。そして最終日の3日目は、宮沢賢治が実際に暮らし、農業にも取り組んでいた場所を訪ねます。

目次

宮沢賢治が農業をしていた「賢治自耕の地・下の畑」

3日目の最初に向かったのは、「賢治自耕の地」と呼ばれている場所です。ここは、宮沢賢治が実際に農業を行っていた「下の畑」と呼ばれる場所です。。賢治は農学校の教師を辞めたあと、ここで自ら農業に取り組みながら、農民の生活を豊かにするための活動(羅須地人協会など)に情熱を注ぎました。実際に訪れてみると、観光地のような華やかさはありませんが、あたり一面にのどかな田園風景が広がっています。

宮沢賢治が自耕生活を送った「下ノ畑」。映画『銀河鉄道の父』のロケ地にもなりました。
賢治自耕の地「下ノ畑」の案内看板。フクロウの飾りが可愛らしいですね!
「下ノ畑」にある「涙ぐむ眼」と呼ばれる花壇。賢治が瞳の形に設計した花壇が再現され、季節の花々が彩ります。

「雨ニモマケズ詩碑」と下の畑

下の畑を訪れたら、合わせて見ておきたいのが「雨ニモマケズ詩碑」です。宮沢賢治の代表作の一つである「雨ニモマケズ」。誰もが一度は聞いたことがあるかもしれません。この詩碑は、宮沢賢治が暮らしていた場所や「下の畑」に近い場所に建てられています。

宮沢賢治詩碑や羅須地人協会跡への案内標識
「宮沢賢治詩碑」です。「雨ニモマケズ」の一節が刻まれています
賢治ゆかりの地に残る「下ノ畑ニ居リマス」の文字が印象的でした
宮沢賢治が原風景の展望案内板。早池峰山や北上川、イギリス海岸などの位置関係が描かれています
実際の風景を撮影してみました。向こうに広がる山並みが美しく広がります

宮沢賢治が「イギリス海岸」と名付けた場所

次に向かったのは「イギリス海岸」です。花巻を訪れるなら、ぜひ行ってみたいと思っていた場所の一つです。名前を聞くと、「なぜ花巻にイギリス海岸?」と不思議に思いますが、実は、ここは海岸ではなく、北上川の川岸です。宮沢賢治が、北上川のこのあたりの景色をイギリスのドーバー海峡沿岸に似ていることから、「イギリス海岸」と名付けました。

賢治は地質にも詳しく、この場所では化石の発掘なども行っていました。自然をただ眺めるだけではなく、「この地面の下には何があるのだろう」と考えていたのではないでしょうか。賢治は空の上にある星だけではなく、足元にある地層や石にも目を向けていたんですね。

賢治による命名の由来や地質的特徴、泥岩層が露出した光景の歴史を紹介しています
1970年代のイギリス海岸を伝える写真パネル。弟・清六氏が撮影した当時の貴重な風景が並びます
イギリス海岸近くの石彫モニュメント。側面には当時の泥岩露出風景や天体写真が飾られていたようです
北上川の川岸に広がる「イギリス海岸」。とても静かで、時間がゆっくり流れているような場所です

【動画】

羅須地人協会

羅須地人協会の建物です。地元では「賢治先生の家」とも呼ばれているこの建物は、宮沢賢治が花巻農学校を退職した後、農民の生活をより良くするための活動を行った場所です。1926年(大正15年)、賢治はここで自炊生活をしながら、農業技術や肥料についての相談したり、農業や芸術についての講義を行ったりしていました。

さらに、レコードコンサートや楽器の演奏なども行われ、農業だけでなく芸術や文化にも触れる場となっていました。現在の建物は、もともと下根子桜にあった賢治の祖父が建てた建物を移築・復元したものです。

賢治先生の家「羅須地人協会」へのアクセス看板。かわいらしい賢治のイラストが目印です
花巻農業高校(旧花巻農学校)の敷地内に立つ賢治像。教壇に立ち、生徒たちと情熱的な日々を過ごしたゆかりの地を象徴しています。
花巻農業高校の敷地に復元移築された「羅須地人協会」。賢治が独居自炊をし、農民青年に科学や芸術を教えた活動拠点です
復元された羅須地人協会の玄関横にある黒板。賢治が不在時に残した「下ノ畑ニ居リマス 賢治」の手書き文字が再現されています
羅須地人協会1階の様子。火鉢を取り囲む丸椅子や賢治ゆかりのオルガンが展示され、若者たちと熱く語り合った雰囲気を伝わります
宮沢賢治が日常生活を送っていた部屋。農民や教え子たちと語り合うなど、交流の場にもなっていました
「宮沢賢治ゆかりの地」案内板。帽子とコートのオブジェが添えられ、羅須地人協会の歴史などが紹介されています
「ポランの広場」にある日時計花壇。賢治の設計図をもとに復元されたものです

まとめ:2泊3日の宮沢賢治巡りを終えて

2泊3日の「宮沢賢治巡りの旅」が終わりました。振り返ってみると、本当にいろいろな場所を訪れることができました。最初は、「銀河鉄道の夜」の舞台になった場所を実際に見てみたいという気持ちから始まった今回の旅でしたが、実際に花巻を歩いて、賢治ゆかりの場所を一つひとつ訪ねているうちに、少しずつ賢治という人のことが身近に感じられるようになりました。

宮沢賢治というと、どうしても「童話作家」というイメージが強かったのですが、実際には文学だけではなく、宇宙や科学、自然、農業、地質など、本当にいろいろなことに興味を持っていた人だったと感じました。今回、賢治ゆかりの場所を巡ってみて、いろいろなことに興味を持ち、自分で確かめてみようとする好奇心の強さが、あの独特の作品を生み出したのではないかと感じました。

もし『銀河鉄道の夜』を読んで、「いつか花巻に行ってみたい」と思っている方がいたら、ぜひ一度訪れてみてください。作品を読んでいるだけでは分からなかった賢治の姿を少し感じることがでると思います。

最後まで全3部にわたる「宮沢賢治巡り旅」にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

 

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